日本人の私がマオリ文化を扱うことについて

今日はちょっと真剣なお話。

ここしばらくブログを上げてませんでした。
マオリ語/文化クラスも終わりに近づき、ノースランドへマラエ宿泊の旅へ行ったり、アセスメント、仕事、ボランティア活動などで余裕がありませんでした。。。

それともう一つ、自分の中での葛藤と迷いがありました。

それは【マオリではない私がマオリのことを伝える】ことについてです。


Kaitaia の Te Ahu にて撮影
Kaitaia の Te Ahu にて撮影

少し前にこんなことがありました。

私のマラエ(マオリ式の集会所)では女性であれば、カランガ(Call/呼びかけ/ポフィリの最初のプロセス)という
神聖な儀式の一部を練習することができます。

ですが、これは私のマラエだけの話です。
私のマラエは「コミュニティーマラエ」なので、部族や国籍など関係なく、地域の皆さんを受け入れてくれます。が、他のマラエではそうはいきません。

しかし、厳格な部族の方々にはコミュニティーマラエであっても、若い人やマオリでない人がカランガをすることに対して違和感を与えることがあります。

実際にこう言われました。

「これは差別しているわけではないんだけれど、マオリではない人がカランガをするべきでないと思う」

「自分のマラエではその役割をさせてもらうのに、長い年月がかかった。誰でもできるものではない。」

正直な意見を聞けたことが嬉しかったです。
本当に私のことを思っているからこそ言ってくれた優しい言葉です。

Kaitaia の Te Ahu にて撮影



しかし、同時にショックでした。

私はカランガを練習させてもらってます。自分から「やってみたい!」と言いました。
私自身は決して儀式を軽くみていた訳ではないのです。
とても光栄なことで、神聖な儀式だと感じながら練習もしました。
日本人でカランガできる人に会ったことないので、だからこそ、日本人がマラエを訪れるときには(勝手ながら)日本を背負っているぐらいの気持ちでやってました。

マオリでもパケハ(ヨーロピアン)でも、日本人でも、皆を受け入れるのが私のマラエの代表の考え方であり、このマラエのしきたりです。
だから、私のマラエでは私がカランガをすることは許されています。

ですが、知らず知らず違和感を与えていたのです。
重々気を付けているつもりでしたが、それに私は気づいていませんでした。

皆様に誤解して頂きたくないのですが、彼女は私のことを否定しているわけではないですし、いつも沢山のことを教えてくれる優しいし、とっても頼りにしている人です。いつも感謝しています。
関係性ができてきたからこそ、正直に伝えてくれたんです。

このことは他のクラスメイトともシェアしました。
その結果、彼女がいるときはマオリでない人がカランガをすることを控えることにしました。
彼女は年上でもあり、知識も豊富です。それに彼女は彼女のしきたりに従っているので、それを尊重するべきだと。

日本でも同じですね。年上で経験豊富な方がいらっしゃったら、その方の考えを重んじ、従うのが筋だと思います。

今になってみると、ちゃんと理解していないのに、カランガをやることは失礼だったかもしれないとも思います。これは今でも正直悩んでいるところです。
でも過去には戻れないですし、経験させてもらったからこそ、さらにその重みや深さ、神聖さを感じることができました。

マラエからきれいな虹が見えました 


長くなりましたが、
こんなこともあって、ここ数カ月混沌とした日々を過ごしていました。

でも、そんな時にマオリ語の先生にこんな言葉をかけてもらいました。

「Yuka. Yukaは日本人。でもマオリの心/魂を持っている。色んな事いわれることがあるかもしれない。だけど、Haere tonu. 続けなさい。」

うれしかったです。

友人からもこんな言葉を頂きました。
「ブログ最近上がってないね。楽しみにしているよ。」

見てる人あんまりいないと思ってたので、とてもうれしかったです。

今でも難しさや迷いはあります。たぶん一生悩んでるでしょう。
ただ、私の経験を皆様にシェアすることは【私の役割】であると信じています。

皆様のお言葉にいつも助けられます。
Ngā mihi nui ki a koutou katoa.

本当にいつもありがとうございます。

考え過ぎて頻繁にはアップできませんが、地道に続けていきますので
どうぞこれからもよろしくお願いします。